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自由になりたい学生の雑記ブログ

宗教2世を考える

ー目次ー

 

 今回もまた,感想文です。中々これなら書けそう!という炎上や社会問題がないので,仕方がないですね。

 今回取り上げるのは『「神様」のいる家で育ちました ~宗教2世な私達~』です。宗教2世のことはは7月の安倍晋三元首相暗殺事件の時からずっと気になっていました。そういう人もいるということを知らなければならないと思っていたからです。宗教のことを知るのは自衛というのもありますが,日本でどのような問題が存在しているのかを時間のある大学生のうちに知っておかなければならないなという気持ちもある。

 自分が問題を抱えているように,誰かにも一見わからない何かを抱えている。自分が少数派故の生きにくさを抱えているからこそ,誰かの生きにくさの原因を解決できなくとも,理解できなくとも知識としてはいれておきたい。これは少数派故の視点なのかもしれない。

 

 

1:周囲の偏見とそれを利用する教団

 人間一度は「野球と政治と宗教の話はするな」という社会人の必須マナー(?)を聞いたことがあるだろう。日本では宗教というトピックはタブーである。タブーであるだけでなく,偏見がある。宗教をやっていると言われてちょっと警戒する人は多い。

これは某党の支持母体や地下鉄サリン事件の影響が強いであろうが,今回は割愛。

以下の統計を見て頂ければわかるが,日本人の6割は自分のことを「無宗教」と言う。

日本人で宗教を信仰している人は何%? 増えてるの減ってるの? | NHK文研

また,お盆や初詣と言った宗教色のある行事も「伝統」と主張して,信仰が自己にないことを証明しようとし,宗教色を否定する。やはり,宗教=印象の悪いものという認識がそうさせている面も否定は出来ないような気がする。

 

 という前振りはおいておいて,やはりちょっと宗教をやっている人に対して偏見はあると思う。新宗教と呼ばれるものは特にそう。信者さんは周囲の偏見によって教団外のコミュニティを持てなくなり孤立するし,他にコミュニティがないから一層教団から離れられなくなる。この風潮は教団に利用され,周りは悪魔とか,堕落していると教え込んで強制的に周りと上手く調和させないようにしているように見えるのはきっと僕だけではない。そのような教えを受けた信者は他者を救うために布教活動を行うか,或いは非信者との繋がりが薄くなる。

 また,救済を餌にして布教活動を行わせることで,周囲の人の偏見は増し一層孤立を深めていく。非信者の偏見と教団の教えが相互補完し合って,信者は孤立し,相談しにくくなっているといった構造なのではないだろうか。とすると,カルト宗教脱会の鍵となるのは「周囲の偏見をなくすこと」だろう。

 

2:でも案外関係なかったりしてね

 どんなに警戒心が強い日本人でも流石に仏教や神道に対して警戒はしない。警戒するのはいわばカルト宗教と呼ばれる新宗教。ただ,二世の置かれている状況というのは程度の差こそあれど新宗教もそれ以外もそんなに変わらないのではないかなと思うことがある。”跡継ぎ”だってある種信仰の自由がないに等しいものであるし,職業選択の自由も非信者と比べたらやはり事実上制限されている。学校選択や志望学部まで含めた進路決定だって制限が加えられることもあるだろうし,そう考えると新宗教と非新宗教でそこまで被害に違いがあるとは思えない。実際,本著にもプロテスタントの信者2世の体験談が載っている。非新宗教であっても,悩み,葛藤している。抱えている問題の本質は案外変わらないのかもしれない。勿論,非新宗教は社会に溶け込んでいるし,被排斥側とは言えない。新宗教の方が献金問題や虐待事案,権利上の問題が多いのは言うまでもない。ただ,非新宗教だから安心とか逆に新宗教だから危険とかそういったイメージに基づいたカテゴライズによる包括的な評価って実はよくないんじゃないかなと言う話。

 

3:この問題,宗教2世だけの問題じゃないよなという話

 宗教から離れてみよう。子は親離れするまで,親の価値観に沿って生きていかざるを得ない。それは,宗教教育のあるなしに関わらずそうである。例えば「東大に非ずんば人に非ず」という方針で育てられた子はやはりそのような価値観に表面上だけでも従っていかざるを得ない。どんなに勉強が嫌いでも,東大を目指さなければならず,望まぬ犠牲を強いられることになる。そうしないと暮らしていけないのを理解しているからだ。この構図は「教えに対して疑問を持ってはいるけれど,親の関係で仕方なく信仰をしているふりをしている」という構図に類似している。そこまでわかれば宗教2世の抱えている問題はある種”信仰のある家庭の構図”だけの問題ではなく,どこの家庭でも起こりうる構図であることは理解できるだろう。

 子にとって大人とはそれくらい絶対的な存在である。確かに年齢を経れば経る程その影響力は小さくなっていくし,それに比例して現状与え続けられる支配の程度は落ちていく。しかし幼少期の記憶は自己の価値観に大きな影響を及ぼし,場合によっては一生消えない傷となる。紙を丸めてそのあと戻したとて,くしゃくしゃなのは変わらないのと同様だ。「愛ゆえの行動であればなんでも許すべき」という主張は,このもうどうしようもならない傷が存在することを無視している気がする。まぁ,これは経験した人以外にはわからないだろうから,もう違う文化の人だと思っておくしかない。同じような人と繋がるコミュニティの必要性は常々申し上げてきたが,ここでもやはりそのコミュニティの形成の必要性があると思うのです。

 

4:特に読んで欲しい話

 本作の話に戻ろう。本作において,個人的に一番読んで欲しいのは第5話である。某団体の運営する学園の1期生の方の話である。この話だけ異質で,ハッピーエンドとは言えない。他は親と距離を置いたり,離れたことで上手く付き合っていったりできているが,この話は少し違うのである。是非最後まで読んで頂きたい。僕はこの話を読んで,思った以上に某団体は闇が深いと思った。今まで,お金持ちの為のちょっと変わった団体という印象しかなく,これといった問題が取りざたされたこともなかったので,まぁ変わってはいるけど…いいんじゃないかな?という認識だった。確かに新宗教等の運営する学校に通っていると今でもやはりそういう人だと見られがちだし,就職や結婚と言った場面で不利になる。学歴として残ることの重みは今まで考えたことがなかった。そういった面も,周囲の偏見を利用した信者の孤立化を狙っているのかもしれないと思った。ここをどう乗り越えるか,そこもまた周囲の宗教に対する偏見を取り除くのが一番ではあろうが難しい。やはりまだ,同様の経験をした者で固まる以外の方法がないというのもまた一つ日本の課題かもしれない。

 

5:まとめ

 ここまでつらつらと考えたことを述べてきたが,やはり課題はまだある。先日制定された救済法も穴があると言わざるを得ないし,国を挙げての対策としてはまだ未完成であると言わざるを得ない。というか,多分自民党は切る気はないと思われる。(距離は出来ると思うが…)また,信教の自由が憲法で保障されている以上,国家として完全な対策を行うのは難しいといった側面も否定できない。そういった点を踏まえると,民間団体による支援しか頼みの綱がない状態と言わざるを得ない。ここら辺,もうすこしどうにか出来ないかなと思わざるを得ないのである。