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自由になりたい学生の雑記ブログ

「人権」事件でみる言葉の定義とトラブル 

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 言葉には複数の定義がある。

例えば「物」

民法上では物は有体物である(民法第85条)とされているが,リアルでは有体物だけを指すわけではない。

代名詞として扱われることもある。

だから,物は「複数の定義,意味を持つ言葉」であることが言える。

 

 こういった複数の定義や意味を持つ言葉によるトラブルはよく起こる。

今の若者であれば,義務教育中に「SNSトラブルに注意!」みたいな講演か何かで言われたことがあるかもしれないそれである。詳しくは下記のサイトを見て欲しい。

(自分が「かわいいよね?」という意味で「かわいくない」と送信したが,受取り手は「かわいさを否定している」という意味で読んでしまったというあれである。(流石にそれは送った方が悪い気もするが…))

ネット上だけではないリアルな言葉の練習をしよう - EducationTomorrow (edutmrrw.jp)

 

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 これがline等の少数人数間での出来事であるならば,まだ話し合いでなんとかならなくもなさそうではあるが,これをTwitter等の大人数間で起こった場合時として身を滅ぼすレベルに発展することもある。

それが昨日からTwitterで騒がれていた「人権」問題である。詳しいことは下記の記事を見て欲しい。

 

「170センチ以下に人権なし」発言のプロゲーマー・たぬかな、契約解除/芸能/デイリースポーツ online (daily.co.jp)

 

 「人権」はゲームをしていればよく聞く言葉だ。

所謂ネットスラングというやつである。それがないとまともにプレイできないという意味である。(実際はそんなことはない場合が殆どである。)

 

f:id:unknownknow:20220217204437j:plain この方とか

 

f:id:unknownknow:20220217204519j:plain この方とか…

 

所謂「人権鯖」と言われている。(詳しくはFate/grand order で検索だ)

 

一方一般的に言われている人権は”人間が当然に持っている権利”という定義を持つ。

生存権が一番わかりやすい例だろう。

誰だって生きることを邪魔されてはならない。

そういった意味でいけば,生存権は人権であると言える。

(少々例えがわかりにくくて申し訳ない…)

f:id:unknownknow:20220217204653p:plain みんな持ってるのが人権です!

 

勿論後者の人権の定義が先であることは言うまでもない。

恐らく,後者の人権の”当然に持っている(持っていることが前提)”という部分の意味を抜粋したことでネットスラングとしての「人権」の定義が確立したのであろう。

 

 では,このように複数定義がある言葉はどのように解釈されるのか。

それは人それぞれで,

どの定義を採用するかは受け取り手に委ねられるのである。

ここが一対大勢の交流を行う場合の恐ろしい所だ。

だれかが発信者と違う定義を採用して解釈した場合,それが一気に拡散されて大勢に本人の意思とは違う意味に取られてしまうことが往々にしてある。

そう考えるとSNSとは非常に恐ろしい。

少数者間で行われるような交流であれば,まだ誤解を解くチャンスがある。

一方で

SNSのように一方通行だと誤解を解くチャンスがない。

ここが表現や人の前に出ることの難しい所だ。

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そう考えると,未成年者のSNS使用を規制しようという動きも強ち間違いではないのかもしれない。

一方個人的には自身の環境の異常性に気が付くタイミングを失うこともあるので,規制に対しては慎重であってほしいと思っているが今回は割愛する。

 

 発言者の過去の問題発言もあり,この「人権」問題は様々なことを教えてくれそうであるが,当問題は言葉の解釈の違いだけではなく社会的な風潮の変化に人が追い付けていない人が一定数いるという問題も浮き彫りにしている。

 

「一定身長に達しない人は人権ないから」なんて,10年前だったらそこまで問題になっていなかったと思う。それが問題になるくらいには社会的な風潮が変わったのだろう。

普段の生活の中で「人権 」という言葉の重みが,変わったのではないだろうか。

これは被差別者が「嫌だ」と主張しやすくなった結果だと思うから,良い傾向である。過去の戦ってくれた人達ありがとう。

 

 また,時代の変遷と共に定義も変わる。

ヘイトスピーチの認定基準も大分厳しくなった。

ヘイトスピーチが問題になるのは大抵人種差別とかそういうもっと大きなものであったし,まさか身長もヘイトスピーチになるとは自分も思っていなかった。

これはもう定期的に知識のインプットをしていないと自分がいつヘイトスピーチをしてしまうかわからない。

 

人生100年時代,一生勉強なのだ。

 

 言葉の定義は複数ある。

そして,その定義も社会的風潮の変化に伴い変化する。

かつてはセーフでも,今ではアウトなんて事も全然ある。

不謹慎ギリギリを攻めていたら10年後には不謹慎認定されて即炎上なのだ。

これは,東京オリンピックの時に嫌と言うほど見せつけられてきたはずである。

 

「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」五輪開会式ディレクターの小林賢太郎氏、芸人時代にホロコーストを笑いのネタに(高橋浩祐) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

俳優 竹中直人さん 五輪開会式出演辞退 過去の作品など理由に | オリンピック・パラリンピック | NHKニュース

 

誰でも炎上のリスクを孕んでいる。

SNSをやっていなくてもである。

そして残念ながら未来はわからない。

未来の不謹慎がなんたるかなんてわからない。

不謹慎は内輪だけにしよう。

そして,ギリギリを攻めるのもやめよう。

面倒だと思うのであれば寡黙に生きよう。

今の自分らに出来るのはそれしかない。