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自由になりたい学生の雑記ブログ

コンプレックスとスペックの差

ー目次ー

 

コンプレックスは凶器である

コンプレックスは人を破壊する。

整形依存が一番いい例だろう。

なんでもかんでも原因の帰結がコンプレックスにたどり着く思考回路まで

出来上がってしまうのだから,問題に対する対応だって適切なものではなくなる。

「ES通らなかった!低学歴だからだ!」

「好きな人にフラれた!ブスだからだ!」

確かに,コンプレックスに帰結させるのはとても楽なことであるが,

原因究明及び問題の改善にこの思考回路が適切であると断言はできない。

ESが通らなかった原因を学歴の低さに帰結する以前に

何か書き方が悪かったのではないかを研究した方が,失敗を生かせるし。

フラれた理由を容姿に帰結する以前に接し方や所作に問題がなかったかを振り返る方がよっぽど実益になる。

確かに低学歴や容姿は自己責任であるが,

ある程度環境や遺伝に左右されるので定数的な要素であると言える。

その定数は人によって違うわけだが,そこを動かそうとするよりも,

如何に可変的な要素(所作なり,資格取得なり)を変える方が余程コスパが良いはず

である。

 

何故高学歴が優秀なのか

 とはいえ,学歴や容姿がある程度魅力の指標になるのは言うまでもない。

いわばライオンの鬣のようなものであり,孔雀の羽のようなものである。

ただ,

高学歴”や”容姿”それ自体が魅力を放つだけではなく,

それに付属する魅力が強すぎるというのも大きいと思う。

というのも,彼らはそれを持っているが故に

嫌でも問題の原因を客観的に判断せざるを得ない

そこが大きな魅力なのではなかろうか。

我々凡人が定数的要素に原因を帰結して現実逃避をしている間,彼らは定数的要素を言い訳にした現実逃避が出来ないので嫌でも起こった問題の真の原因を目の当たりにしなければならない。

「ESが通らなかったのは学歴の所為」という言い訳は東大生には通用しないだろう。

嫌でも書き方や,発言を見直さなければならない。

「フラれたのは容姿の所為」と言う言い訳は容姿が優れている人には通用しない

嫌でも,所作や礼儀礼節の実行具合を見直さなければならない。

ここでどんどんと差がついてくるのではないか?

言い訳を使えないから,どんどん現実を目の当たりにしてどんどん現実と向き合う精神力もつく,どんどん魅力が増す。能力が増す。

一般人と差が付くわけだ…

 

我々がハイスぺに勝つためには?

恐らくハイスぺに勝つのは無理だ。

どんなに頑張ったって,定数の差は覆らない。

ならば可変的要素を如何に高めるかが重要になるだろう。

それで差を埋めていくしかない。

ではそのためにはどうするべきか。

それは

言い訳をとっとと辞めて,等身大の自分と向き合うしかない。

まずはそこからである。

自己分析大事。

 

自分と向き合うのは辛いこと

 自分と向き合う事は

 

とっっっっっっっっっっっっっっっっってもきつい!!

 

理想と現実の乖離を意識すると病んでしまいそうである。

ただ,この差を認識しないと,いつまでたっても進めない

地図なしで山に入るのと同義である。

だから,まず理想と現実の乖離を認識しよう。

地図を手に入れる必要があるのである。

さぁ!現実を見よう