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自由になりたい学生の雑記ブログ

無知の知を理解する

ー目次ー

1:無知の知

 「無知の知を理解することが大事」って誰かが言っていた。

これは,謙虚に生きろって意味だと思う。

謙虚に生きるということは,誰かを軽蔑するようなことはしないことと同義であり,多分誰からも,何からも学び取る姿勢に繋がる。

だから自身の無知を知ることは大事なのだと思う。

 日々だらだらとニュースを見ているだけでも,ただの日常会話であったとしても,意識すれば学びの扉はいろんなところにある。

ただ,我々が扉を開かずにただ通り過ぎているだけの話なのだ。

 

この扉を見つけるには

傲慢であってはならず,

自身で要不要等の主観的判断をもって取捨選択せずに

 学び取ろうという姿勢(常に生徒であれ?)が大事であって

そういった姿勢でい続けるには謙虚であることが必要。

謙虚であるためには自身の無知を知ることが必要

 という事ではないかなと自分なりに解釈をしてみるなどする。

 

 プラトンおったΣ(・□・;) ほんとなんでもあるねいらすとや

 

🌟実はアリストテレス無知の知を大事にしていたとい話がある。

 プラトン著の『アリストテレスの弁明』にその記述があるようだが,本人が残した書物 

 もない上に心のうちはわからない。真実は本人のみぞ知る…



2:己を未熟さを知る

 「己の無知を知る」と同義の言葉で「己の未熟さを知る」というものがある。これもまた謙虚であれよというのが根幹な気がする。

己の未成熟さの認知は怠惰や傲慢を打ち払うのに最も適していて,

 勤勉への第一歩でもある。

 地元でそこそこの成績を取っていて安心していたけど全国区でみたら自分は大したことなかったなんてのも「己の未熟さ」を知らないことの典型例かもしれない。

井の中の蛙大海を知らず」といった状態は「己の未熟さを知る」状態から一番遠い。積極的に世界に出て,自分の未熟さを徹底的に知ろう。下を見ずに上を見続けよう。

絶対苦しい道のりだけどね。

 前述の「自身の無知を知る」,「己の未熟さを知る」

どちらにせよ,

 己の欠点を見付け,常に謙虚に己を高め続けよ

  という意味な気がする。

あくまでも”気がする”である。

 

3:先生になるな。生徒であれ。

 これもまた有名な誰かが言っていたことだった気がする。

”教える”立場になるよりも積極的に”教わる”立場になろうというものであったと思う。

何からも積極的に学び取る,常に生徒であり続けることが生涯学習時代と呼ばれる今,大事なんだ。自分が上の立場だなんて言って,胡坐をかいて学び取ろうとしない人間にはならないようにしよう。

 

 勤勉,謙虚大事